『凡夫 寺島知裕。「BUBKA」を作った男』(樋口毅宏著)という本を読んだ。鬼畜系サブカル雑誌として創刊された「BUBKA」初代編集長への愛憎を軸に、1990年代から2000年代、エロ&サブカル系出版社コアマガジンに集った編集者たちのエクストリームな行状を赤裸々に描いたノンフィクション。主対象である創刊編集長のエピソードよりも、「雑誌を作るためなら人を殺してもいいと思っていました」と回想する編集者が印象に残った。
このノンフィクションを読んで思い出した本がある。藤脇邦夫「出版アナザーサイド ある始まりの終わり 1982-2015」(2015)である。
藤脇氏は白夜書房の営業担当として入社しながら「定本ジャックス」や「オール・アバウト・ナイアガラ」増補版、そしてあの伝説の「ザッパ・ボックス(ZAPPA VOX)」など数々の書籍の企画をし、実現させてきた人物だ。
コアマガジンは白夜書房の子会社なので、前述の「凡夫 寺島知裕」と共通の人物も登場する。「出版アナザーサイド」ではどんな風に描かれていたっけ……と拾い読みするつもりで本を引っ張り出して読み始めたら面白くてたまらない。既読なのにね。結局三度目の通読となった。
登場人物をピックアップするだけでも、安原顯、小林信彦、猪瀬直樹、亀和田武、笠原和夫、川勝正幸、見城徹、高護、黒沢進、岡林信康、菅野ヘッケル、鈴木いづみ、団鬼六、竹中労、平岡正明、藤本国彦、デニス・ホッパー、宮治淳一、八木康夫、ニール・ヤング、湯浅学、朝妻一郎、そして大瀧詠一などなど。渋谷陽一も登場する。
「ザッパ・ボックス」については、当初は二冊組の豪華本になるはずではなく翻訳のみの予定だったのが、ザッパ日本盤のライナーノーツを書いていた八木康夫氏にデザインと解説を頼みに行ったら、八木氏が自分のライナーをまとめる話だと都合のいいように解釈して企画が変わり、そのうえ八木氏が締め切りを意識しない人であることがわかって苦労した話だとか、とりあえずミュージックマガジンに予告を出してみたら500部の注文が来るレベルで、発売後に社長に「9800円もする豪華本を3000部も作ってどうやって売るつもりだ」と詰問されても「事前注文で発売前に完売しました」と答えることができたというエピソードなど面白過ぎる。
そして大瀧詠一との関わりについてはまるまる一章があてられている。「フィル・スペクター 蘇る伝説」を翻訳出版しようと監修を依頼しに行ったら「註釈を付けないと」と200項目近いリストを渡されて大変なことになったり、対面の監修チェックで大瀧詠一と怒鳴りあいになったり、出版直前に同時発売として準備されていたフィル・スペクターCDボックスが発売中止となり(あの有名な話です)、大瀧氏に「それじゃ本だけ出しても仕方ないだろう」と言われて出版が頓挫しそうになる話や、「オール・アバウト・ナイアガラ」増補版編集で、写真付きの完全ディスコグラフィーを作るのに苦労した話など興味深い裏話が満載で、大瀧詠一好きにも見逃せない本だと思う。
また成功話だけでなく失敗案件についても述べられている。ブルース・スプリングスティーンが人気絶頂の頃に「バックストリーツ」という豪華本を企画出版したところ半分ほどしか売れず、赤字が500万円くらいになって、それを知った社長が怒りのあまり社長室から飛び出して来て名指しで激しく叱責され、その後社内で自分の企画が通りにくくなる話などは、サラリーマン経験者にはなかなかヘヴィーなエピソードだ。
今も自分の本棚に並んでいる本(「ロックンロール・バビロン」「フィル・スペクター 甦る伝説」「オール・アバウト・ナイアガラ」そして「ザッパ・ボックス」など)は、この人が企画編集したんだなあと思うとしみじみと感慨深い。藤脇氏が白夜書房にいなければそれらの本を読むことはできなかったんだから。
もう10年前の本なので新品を入手するのは難しいだろうけど、興味がある人は図書館や古本入手するなどして読んでみてください。